井筒さんと白野さん

2011-08-29

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なんだか悲しいニュースばかり。
民主党代表選挙、親小沢VS反小沢。あーあ。
そんな人達の方よりも、被災された方々の方を向かなきゃいけないと
改めて思いました。

日報

井筒誠二さん(享年28)、白野純さん(享年29)の2人はそのために購入したという保冷車にカキやいろいろな魚介類を積んで、毎週材木町のよ市に、山田町から来ていました。
毎週2人の持ってくるとれたての魚介類を目当てにお客さんが列を作っていました。
私たちはそのとなりに去年はじめてお店を出して、その人気ぶりがとてもうらやましかったです。

どちらかというと無口な白野さんに比べて、人懐っこい井筒さん。とてもいいコンビでした。
いつも帰る時は(来るときもそうだったのかもしれません)ジャンケンで負けた方が運転手になって、
「お疲れさまでした~」と山田町へ。

井筒さんには、おねいもとの作品も買っていただきました。レインボー染の手紡ぎ糸で編んだポーチ。
「へそくり入れにピッタリです」って。
いつかは甥っ子さんだったか姪っ子さんさんだったのプレゼントにとミサンガや、
「キャラクターモノって作れますか?」と聞かれたので
「なんのキャラクターですか?」と尋ねたら
「おさるのジョージなんですけど」
「難しい~、スミマセン」お断りしちゃいました。

白野さんは、完売したあと漁網を手際よく編んでいました。
私も編み物が大好きなので、しばらく、ヘエ~と見とれていました。

そんな2人が震災で命を落として、最近までずっと行方不明のままとあんじていたんですが
先日、岩手日報(2011年8月23日付)に記事が載りました。
記事の写真の中の井筒さんの写真が、遺影であることが今だに信じられません。

この記事にあるように、まわりの人みんなから慕われていた方だということ、ほんとうにそうだと思います。
白野さんもきっとそうだったと思います。

この記事を見る前に、よ市の商店街の大家さんから、先日井筒さん一家が材木町に来られたということ聞きました。
写真が残っていないので、よ市の写真で息子さんが写っているものがないか尋ねられたそうです。
たまたま携帯で撮っていた写真があったそうです。

私の知っている人で震災の犠牲になったのは、このお二人だけです。
このお二人とよ市で出会っていなかったら、私は同じ岩手県人でありながら、震災からまだ半年もたっていないのに忘れてしまっていたかもしれません。

東京のほうの、霞が関のほうの、国会議事堂のほうに向かってため息をつくよりも
三陸の海に向かって涙を流していたい。

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oneimotoさんのコメント

Re: 誠二さん

お返事がたいへん遅くなってしまい、すみませんでした。
井筒さんの記事へのコメント、ありがとうございます。
私たちは、よ市でのお付き合いでしたが、あなた様のコメントから、そのお人柄は容易に想像できます。
とてもとても人なつっこさが素敵な青年でしたね。
いい先輩をお持ちでした。

盛岡の材木町商店街で今年も4月7日から11月いっぱいまでの毎週土曜日によ市が開催されます。残念ながら、今年は私たちは参加しませんが、でもよかったらいらしてください。
きっと、山田町から海産物を売りにきていた青年2人のことを知っている人がたくさんいます。

今日もまた、沿岸では大きな地震があり、あの日のことが甦りました。
まだまだ続きます。がんばらないと。三陸の海を見よ!ですね。

ありがとうございました。

白野さんのコメント

よ市へ参加予定

おねいもとさん しばらくです
今年の7月頃までにはよ市にいきたいとおもって
今準備をいています

oneimotoさんのコメント

Re: よ市へ参加予定

コメントありがとうございます!
きっと よ市のお客様も心待ちにされていることと思います!!
本当にうれしいです。息子さんの遺志が叶いますように。

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Author:oneimoto
おねいもと
岩手県盛岡市在住の姉と妹。
小岩井CRAFT市と花巻市土澤の街かどアートのイベントを中心に活動中。

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